【2章:挑戦と激務の日々】

―次はどのような業界に入りましたか。

嶋田さん 次は中古車情報誌の広告代理店に入りました。いわゆる「グー(Goo)」を作っている会社です。 関東で本を創刊するメンバーとして入り、営業だけでなく、写真撮影、記事作成、レイアウトまで 全部やっていました。最初は従業員がほとんどいなくて、何から何まで自分たちでやる状態でした。 最高で3ヶ月休みなしで働いたこともあります。

―すごい…。数少ない人たちで企業の基盤から作っていった感じですか。

嶋田さん ええ。まあ、とにかく地方から出てきたばかりだったので、従業員がいないわけです。 営業マンもいないし、今では仕事が分業されていますけど、当時はそうではありませんでした。 中古車の広告を取るために多くの人に会って、「この本に掲載してください」とお願いして、 掲載料をいただくんですね。1ページでかなりの金額をいただいて、車を掲載するわけです。 その車が売れたら「良かったですね」という。写真がないと何の車かわからないので、写真を撮るのも 僕がやっていました。加えて、記事の話になるんですが、その本を作るためには車のを書いて レイアウトをして、そのクライアントさんとの打ち合わせの流れまでも、全部僕が担当していました。

―そこまで行っていたんですね…。レイアウトは元々やったことがあったんですか。

嶋田さん 残念ながら、美的センスがないんですよ(笑)。クライントにいつも怒られて 「本当にお前は美的センスがないから、目指すことしか考えてない」と言われていました(笑)。 でも逆に多分美的センスがないから、周りは助けてくれるんですよ。 そういったデザインとか詳しい人がこういう風にした方がいいと思うよとか言ってくれました。

―先生はいつもしっかりしている印象なので、新鮮です。

嶋田さん はい、そういう助けはすごく多いですね。だから今まで、私が色々やらせてもらってる中で、 いろんな人と付き合ってこれたし、営業トップも取れてきました。なんかみんなで同じ目標を立てて、 同じ方向に進んでいくみたいな感じでした。そのおかげで、僕が入った頃は、その辺の中古車屋さんの 販売店さん行っても、「その本なんか知らねえよ」って追い返されていたけど、僕が辞める頃はもう ちゃんと本として成り立っていて、相手先も自分たちの雑誌を認知していて、社員もすごい増えて、 企業も上場したんです。

―ほとんど従業員がいなかったのに、すごい成長ですね。

嶋田さん はい。なので、実際僕がやらなくても、ほとんど仕事が回らなくなってきたので、 あまり僕はいる意味がなくなってくるなと思って、それでやめたんです。 そして、新たな仕事を探して転職しました。今思えば、これも「転機」でしたね。

―大企業より、少人数の方が合っていたんですね。

嶋田さん 大きな会社に興味がないんだと思うんですよ。何十もいる会社の中の1人みたいなの、 あんまり興味はないらしくて。3人しかいないけど、あと頑張ってみたいな感じのがすごく好きみたいな 多分そういう性格なんだと思います。いつから何かを育てていくって感じの方が好きだと思います